【ワーホリ体験談】新卒を捨てて行ったワーキングホリデーの記録:オーストラリア編【#3】

コテスロービーチの景色1ワーキングホリデー

この記事では、筆者スマ助が実際に経験した3年間のワーキングホリデー生活の体験談を時系列ごとに紹介していきます。

これからワーキングホリデーに行く予定がある方はぜひ参考にしてみてください。

スマ助
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今回は最終章オーストラリア編(2年目)です

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メルボルンでのオーストラリア生活がスタート

メルボルンのフリンダース駅

スタンソープのファームから約2,500キロのドライブを経て、2015年2月末に目的地である「メルボルン」に無事到着した私カップルは、そこで新たな生活を始めます。

メルボルンで再度語学学校へ通う

メルボルンの語学学校の仲間
オーストラリアでの生活も2年間に突入していた私は、さらに英語に磨きをかけるべく、仕事を探す前にまず語学学校へと通い始めました。

通う前から英語力が既にある程度あったおかげか、語学学校では一番上の「Advanced(上級)」からスタートとなりましたが、最初からクラスが高かったが故に、

  • 明確な学習目標や目的がない
  • 授業もアカデミック内容でそんなに楽しくない
  • クラスメイトは皆仕事などの掛け持ちで忙しく、交流が少ない

などが重なって、結果的には結局あまり英語が上達しないまま2ヶ月程度で卒業することになりました。

スマ助
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学校に通ったおかげで友達はできたのですが、英語学習の観点から言うと、正直行かなくてもよかったと思います…

卒業後は念願叶ってカフェで働くものの…

メルボルンのカフェでの賄い

語学学校を卒業してからは、すぐ郊外にあるカフェでキッチンスタッフとして働き始めました。

主な仕事は皿洗いや調理の仕込みでしたが、空いた時間にはコーヒー作りの練習もさせてもらい、徐々にバリスタとしての技術を磨いていった結果、数カ月後には別のローカルカフェでも正式なバリスタとしての採用が決まります。

しかし、せっかく働くことができたカフェは、

  • 1日9時間労働(ひどい時は5:00-17:00の10時間)
  • 給料は手渡しの13$(法律上では当時最低約18$+年金がもらえる)
  • 勤務先は電車で町から30分
  • 仕事は掃除・料理の仕込み・買い出しまで雑用もある
  • 従業員は自分とオーナーの家族のみ

などなど、オーストラリアの一般的なカフェでは考えられないブラックな環境で、結局耐えきれず1ヶ月もしないうちに辞めてしまいました。

スマ助
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結局、キッチンハンドで働いていたカフェの方も、お給料の低さの問題があってすぐに辞めてしまいました

日本食料雑貨店で勤務

その後も再びバリスタとしていくつか仕事にも応募してみたのですが、自分の当時のスキルで採用してもらえるカフェは軒並みお給料が低かったので、給料が高くて安定性のある日本食料雑貨店で働く方向にチェンジ。

現地の日本人の間では日本食料雑貨店はかなり人気の仕事でしたが、過去にニュージランドで同列のお店で働いていた経験を買われて、幸いにも即採用されることになり、そのまま約4ヶ月間ずっと働きました。

スマ助
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ここは時給21ドル+年金が貰えて、さらには福利厚生までも充実していたのでカフェの仕事とは天と地の差でしたね

安定した仕事に就いてからは各地に旅行も

グレート・オーシャン・ロードの景色

安定した仕事に就き生活にも余裕が生まれてからは、よく日帰りで旅行に行ってました。

グレート・オーシャン・ロードの風景2

当時一緒のシェアハウスに住んでいたフランス人カップル達と一緒に、車でグレート・オーシャン・ロードに行ったり、

ウルルの写真

かねてより、オーストラリアで最も行きたかった場所である「エアーズ・ロック」にも行ってきました。

ウルルの写真2

エアーズ・ロックは飛行機で行ったのでそれなりにお金はかかりましたが、景観や自然の広大さに感動しっぱなしでしたね。

スマ助
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オーストラリアに行ったなら、エアーズ・ロックはマジで一回は行っておいた方がいいです!

愛車がご臨終→売れないので廃車へ

廃車にしたカムリ1

そんな中、ある日突然愛車のカムリが故障。

メルボルンに来てからは旅行以外で全く乗っておらず、ほぼ家の駐車場に放置していたので「そろそろ乗らないとまずいかな」と思っていた矢先のことでした。

修理自体は可能でしたが、保険などの更新で維持費が高く、引き取り手も見つからなかったので、諦めて廃車にしてもらうことに。

廃車にしたカムリ2

廃車手続きで200$程度は返ってきましたが、一緒に旅をしてきた愛車を廃車にするのは中々心苦しかったです。

スマ助
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ちなみに返ってきた200$はおいしいディナー代に消えました笑

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メルボルンからパースへと移り住む

そんなこんな約6ヶ月間メルボルンで充実した毎日を過ごしていましたが、エアーズ・ロックに行って以降また冒険心がふつふつと湧いてきて、いても経ってもいられずメルボルンを離れることを決意。

そしてすぐに飛行機を押さえて西海岸にある「パース」に移り住むことになりました。

スマ助
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今思い返してみると、半年周期で飽きて各地を転々としていますね笑

パースは綺麗な町だけど…〇〇がうじゃうじゃ

コテスロービーチの景色1

そうして2015年8月末、私達カップルはパースへやってきました。

パースはインド洋に面した町で、ご覧の通り綺麗な海が広がるすごく良い場所だったんですが、

町中には、クッッソほどゴキブリがいてドン引きしました。

温暖な気候が故か、そこらじゅうに普通にゴキブリが歩いていて、町中はもちろん、家にも毎晩コンバンワしてきて、冗談抜きでゴキブリを見ない日はありませんでしたね笑

もうパースといえばゴキブリといった感じで記憶に焼き付いているぐらいです。

スマ助
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余談ですが、パースはブリスベンやメルボルンと比べて治安も若干悪かったです

フレンチカフェで働きながらゆったりと過ごす

パースで住んでいた家

そんな感じでゴキブリこそ不快だったものの、パースでは、それまでのシェアハウスではなく、家賃も安くて広いスタジオ(ワンルームマンションのような感じ)に住むことができたので、かなりゆったりとした生活を送れていました。

パースのカフェの仕事仲間

また、移り住んでからすぐにフレンチカフェでの仕事も見つかり、1日約4時間・週6勤務で時給20ドルという好条件の下で働いていたので、仕事の不安もなかったです。

スマ助
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贅沢は出来なかったですが、それでも生活していく分には十分のお金は貰えてたので、結局半年ほどお世話になりました

コテスロービーチの景色2

また、パースは海も近かったので、仕事前や週末などはよくビーチで散歩したり、泳ぎにいくことも多かったです。

スマ助
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当時はあまり贅沢に感じなかったですが、今思うとかなり良い生活を送ってましたね笑

週末はプチ旅行へよく行った

パースのロードトリップ1

この時は既に車を廃車にしてしまったので、足はなかったのですが、それでも週末になると、メルボルンの時のように日帰りのプチ旅行へ頻繁に行きました。

ランセリン大砂丘

パースから200キロ離れた「ランセリン大砂丘」に行ったり、

ピナクルズ

奇妙な巨岩群が一面に広がっている砂漠地帯「ピナクルズ」や、

ロットネスト島1

ピカチュウのモデルにもなったことで有名なクオッカがいる「ロットネスト島」に訪れたりしました。

ロットネスト島の海

特にロットネスト島のビーチは、オーストラリアの中でも断トツで綺麗でした。

スマ助
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パース近辺はとにかく自然が豊かなので、そういうのが好きな人はかなりエンジョイできる場所だと思います

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日本に帰国を決意→約10日間のアジア旅行へ

日本への帰国

そんな形で2016年3月、とうとう2年分のビザの期限が切れとなり、私達は2年間住んだオーストラリアを旅立ってついに日本へと帰国します。

ビザを変更すれば滞在を延長させることは可能でしたが、約2年間に渡って色んな所に移り住んだ私達は、この時は既にもう「日本に帰って生活していこう」という気持ちに切り替わっていました。

とはいえ、「そのまま帰るのももったいない」とも思っていたので、最後の思い出作りとして、帰国前にアジアの国にいくつか寄っていくことにしました。

最初はインドネシア・バリへ

バリの景色1

最初はオーストラリアから近く、パースから直行便が出ていたインドネシア・バリ島へ。

バリのお寺

バリでは山間の村である「ウブド」に滞在して、ヒンドゥー教の聖地とされるお寺を巡って自然や遺跡などを満喫しました。

スマ助
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バリは雰囲気はもちろん、物価も安くてコスパの面でも最高でした

タイではニュージランド時代の旧友と再会

カオサンロードの景色

2国目に訪れたのは、微笑みの国「タイ」。

タイではバンコク周辺を中心に、有名な水上マーケットや、カオサンロード、ワニ園といった名所を訪れました。

タイで旧友に再会

また、ちょうどその頃にニュージランド時代の旧友がたまたまタイに来ており、現地に住んでいたタイ人の合わせてみんなでまた再会しました。

みんなニュージランドではよく一緒に過ごしていましたが、違う国で会うとすごく新鮮な気持ちでしたね。

ただ、食べ物だけは合わなかったのか、滞在中は毎日お腹下してました笑

スマ助
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タイで訪れたのはバンコクだけですが、それでもすごく異国感があって非常に刺激的でした

台湾では有名な九份へ

龍山寺の写真

3カ国目は、日本からも近い「台湾」へ。

九份の写真

滞在期間はあまり長くなかったので、それほど多くの場所には行けなかったものの、千と千尋の神隠しのモデルとしても知られる「九份」や、パワースポット「龍山寺」などの名所には一通り行くことができました。

スマ助
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台湾はあまり異国感を感じられませんでしたが、ご飯は断トツでおいしかったです

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ワーキングホリデーが終了したその後

日本帰国後の風景

オーストラリアからインドネシア→タイ→台湾→日本と、計3ヶ国を経由して、2016年3月21日、私達はついに日本へ完全帰国。

ワーキングホリデー終了後は日本の会社で就職→独立

日本に帰国後は英語を活かせる会社に就職し、さらにそこから1度の転職を経て、現在は個人事業主として仕事をしています。

日本に帰国した当初は、「職歴なし+3年間のブランク」があったので、仕事が見つからないのではないかという心配もありましたが、意外にも就職先はすぐに見つかりました。

肌感ですが、たとえ長期間のブランクがあっても、その期間内でキャリアに結びつく経験をしていれば、帰国後の就職先についてはあまり心配しなくても大丈夫だと思います。

スマ助
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ちなみに彼女の方も帰国後はすぐに就職できていました

3年間のワーキングホリデーで得たもの

3年間のワーキングホリデーを通じて、自分の場合は具体的に以下のような変化がありました。

  • 英語力→仕事でも使えるレベルへ
  • 積極性→多少のことではへこたれないメンタルに
  • 自信→海外でずっと生活してきたという自信がついた
  • 人生経験→海外での生活や仕事を体験できた
  • 価値観の広がり→様々な国の友人ができ異文化に触れられた

見る人からすれば「ただ3年間海外で過ごしただけ」に見えるかもしれませんが、自分にとってのこの3年間は、人生の中でも大きなターニングポイントだったのに間違いありません。

スマ助
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3年もワーホリを続けましたが、本当に心から行って良かったと思ってます!

3年間のワーキングホリデーでの後悔

とはいえ、もちろん3年間で後悔していることもあります。

  • もっと新しいことにチャレンジしておけばよかった
  • 現地(ローカル)の知り合いがあまり増え無かった
  • 帰国後のために少し貯金しておけばよかった
  • 永住権(ビザ)の取得に挑戦すればよかった
  • 手数料無料のエージェントを利用すべきだった

こういった失敗も数えたら正直キリがありません笑

スマ助
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全部が全部上手くいったというわけではないです

これからワーホリに行く人に向けて

こうやって振り返ってみると、改めていろいろやってきたなと思います。

滞在中は決して楽しいことばかりではなく、苦しいことや、辛いこともたくさんありましたが、それでも3年間がむしゃらに頑張ったことで、人として一回りも二回りも成長することができたと自分自身では思ってます。

またその結果として、多くの友人や、さらに彼女まで出来き、本当にこの3年は私にとって様々なきっかけや繋がりを作れた期間でもあると感じています。

ワーホリに行ったから、何かが絶対に変わるというわけではないですが、「自分を変えたい」、「新しいことにチャレンジしたい」という気持ちであれば、無限の可能性が広がっているというのは間違いありません。

ワーホリに行くにあたってはやはり色々と不安も大きいかと思いますが、ぜひ勇気を持って一歩踏み出して、自分のやりたいことにチャレンジしてみてください!

スマ助
スマ助

こんな駄文にも関わらず、長々と最後まで読んで頂きありがとうございました!

ワーキングホリデー
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新卒を捨てて行った3年間のワーキングホリデーの全記録
筆者スマ助が実際に経験した3年間のワーキングホリデーをそれぞれ1年ごとに分けてまとめてみました。良い部分も悪い部分も包み隠さずリアルに書いてみましたので、これからワーホリに行く方はぜひ参考にしてみてください。
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