【ワーホリ体験談】新卒を捨てて行ったワーキングホリデーの記録【#2オーストラリア編】

ハイアムズビーチ2ワーキングホリデー

この記事では、筆者スマ助が実際に経験した3年間のワーキングホリデー生活の体験談を時系列ごとに紹介していきます。

これからワーキングホリデーに行く予定がある方はぜひ参考にしてみてください。

スマ助
スマ助

今回は第二章オーストラリア編(1年目)です。

  1. ニュージーランドからオーストラリアへ
    1. オーストラリアでワーホリを続けたかった
    2. 新天地「ブリスベン」に降り立つ
    3. 仕事は見つからず、お金もない絶望の日々
  2. そんなこんなで徐々にツキが回ってくる
    1. 1ヶ月後、無一文の状態から一気に2つの仕事をゲット!
    2. コミュニティクラブに参加し、交流の幅が一気に増える
    3. 彼女も出来た
    4. カフェ修行!それなりのラテアートが描けるレベルに!
  3. ファームへ行くことを決意、セカンドビザ獲得への道
    1. セカンドビザ取得を目指し、「スタンソープ」へ引っ越す
    2. バックパッカーに住みながらファームで働く
    3. 敷地内に湖がある規格外すぎる野菜ファーム
    4. 車も購入
    5. 滞在先ではたくさんの仲間も
  4. 順風満帆だった生活から一変して地獄へ
    1. 働き始めて3週間で突如クビに
    2. 購入した車が突如故障
    3. 別のキャンプサイトに移るも、仕事は見つからず
    4. 3週間後、元いたファームに電撃復帰
    5. 遅れたら即クビ!ハードすぎるズッキーニ収穫
    6. 最盛期は1日13時間労働もザラだった
  5. スタンソープを離れ、メルボルンまで2,500キロの旅
    1. 100キロ以上の海岸が続く「ゴールドコースト」
    2. サーファーの聖地「バイロンベイ」
    3. ペイントストーンの景観が広がる「ナンブッカ」
    4. 一面に大砂丘「マンゴブラッシュ砂丘」
    5. シドニーの観光名所「オペラハウス&ハーバーブリッジ」
    6. 世界遺産「ブルー・マウンテンズ」
    7. 世界一白いと砂浜「ハイアムズ・ビーチ」
    8. ワインの町「グリフィス」で旧友と再開
  6. 新天地「メルボルン」へ
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ニュージーランドからオーストラリアへ

オーストラリアへのフライト

2014年4月、ニュージーランドから日本へ帰国した私は、2週間程度の滞在を経たのち、オーストラリアへと旅立ちました。

オーストラリアでワーホリを続けたかった

実はニュージーランドでのワーホリの期限が終わりそうになっていた頃、ちょうどオーストラリアのワーホリの話を聞く機会があり、その話に影響を受けた私も第二のワーキングホリデーに行きたいという気持ちになっていたのです。

そしてその気持ちのまま2014年の年明けにオーストラリアでのワーキングホリデービザを取得。

ニュージーランドのワーホリが終わると同時に、そのままオーストラリアでワーホリを続けていくことにしました。

スマ助
スマ助

日本に帰ってもやることはなかった&英語力をもっと伸ばしたかったので、隣国のオーストラリアのワーホリを選びました笑

新天地「ブリスベン」に降り立つ

ブリスベンの町並み

最初に降り立ったのは、東オーストラリア・クイーンズランド州の州都ブリスベン。

日本人にとってはあまり聞き馴染みのない街ですが、オーストラリアの都市の中でも第3位の人口を誇る大都市で、日本からも飛行機で約10時間前後と近いです。

ブリスベンのユースホステル

この街で、まずユースホステルに泊まりながら現地での仕事や住む家を探し始めることにしました。

スマ助
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ブリスベンはほどよく都会で、他の都市ほど日本人も多くなかったので、ここならどうにでもなるだろうと軽く考えてましたね。

仕事は見つからず、お金もない絶望の日々

ブリスベンリバー

しかし、現実は全く甘くありませんでした。

今回は前回のように留学エージェントなどは一切利用せず、諸々の手続きを全て自分で済ませてきた上、

  • 所持金は日本円で約10万円
  • 現地の知り合い0人
  • ホステルの予約は1週間分のみ
  • 応募した仕事はすべて不採用
  • 来て3日で日本の免許証を紛失
  • 銀行に全財産を預けた翌日から、大型連休に入り引き出せなくなる

というような感じで、ただでさえ手持ちが少なくて節約しなければいけないのに、仕事が決まらない&ハプニングが続きました。

加えて、周りに誰も頼れる人がおらず、学校などのコミュニティにも所属していなかったため、ネットワークが広がず日々日々孤独に苦しみます。

スマ助
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海外で誰も知り合いがいないという状況が続くのはかなり精神的に辛かったです

そして、しまいには孤独に耐え切れずに

街中にいる日本人っぽい人に「お話しましょう(真顔)」とひたすら声をかけまくる

という、はたから見たら異常者とも言うべき行動にまで発展してしまいました。

オーストラリアで初めてのビール

でも、その奇行行動のおかげで奇跡的に二組の日本人の方と知り合え、一緒に飲みに行けたり、親切な人達から仕事の情報を教えてもらったりと、孤独を紛らわせるだけでなく、色々と良い情報を得られました。

スマ助
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本当の窮地に陥ると意外と人間はなんでもできるみたいです

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そんなこんなで徐々にツキが回ってくる

そうやってだんだんと行動的になっていったおかげか、オーストラリア到着から2周間後にはだんだんとツキが回ってくるようになりました。

1ヶ月後、無一文の状態から一気に2つの仕事をゲット!

駐車場の仕事

一ヶ月後、ニュージーランドでの日本雑貨店での経験が買われ、ブリスベン郊外のとある食料雑貨店で採用が決まります。

さらに、そこのオーナー経由で、市内の駐車場を管理する仕事も紹介してもらい、働き始めてから一気に2つの仕事を掛け持つことに。

おかけで、収入も一気に安定し、ユースホステルを出て、ブリスベン市内のシェアハウスへ引っ越すことができました。

また、駐車場の仕事や食品雑貨店では、常にローカルのオーストラリア人の接客をしていたこともあって、リスニング・スピーキングのスキルも飛躍的に伸びていきました。

スマ助
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最終的には約2ヶ月ぐらいで辞めてしまうのですが、この経験があったからこそ、後々の仕事探しも楽になりました

コミュニティクラブに参加し、交流の幅が一気に増える

コミュニティクラブのバーベキュー

仕事を始めてからは、地元のクリスチャン(キリスト教徒)主催のコミュニティクラブや、英語学習者向けのミートアップイベントなどのイベントにも積極的に参加。

そのおかげで、知り合いもさらに増えて、ニュージーランドの時とはいかないまでも、それなりに充実した日々を過ごせるまでになりました。

スマ助
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この頃はだいぶ英語力にも自信がついてきて、いろんなことにかなり積極的だったと思います

彼女も出来た

ゴールドコーストの思い出

そしてちょうどこの頃、コミュニティの付き合いで知り合った方の語学学校の飲み会で、知り合った日本人の彼女もできました。

この彼女とはこれから先、一緒にオーストラリア中を旅することになります。

スマ助
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ちなみに4年がたった今も一緒にいます

カフェ修行!それなりのラテアートが描けるレベルに!

また、ニュージーランドの時になれなかったバリスタに再度なるため、暇を見つけては知り合いのカフェで、コーヒーを淹れる練習もさせてもらっていました。

ラテアート1

そして約1ヶ月の練習の結果、当初はこんなレベルだったものが、

ラテアート2

これくらいのラテアートが描けるようになるまで成長しました。

スマ助
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残念ながらブリスベンではカフェの仕事には就けなかったですが、ここでの練習が後々効いてきます

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ファームへ行くことを決意、セカンドビザ獲得への道

そんなこんなで仕事も私生活も充実し、ブリスベンでの生活にもすっかり慣れたところでしたが、ここにきて1つ大きな決断をすることになります。

セカンドビザ取得を目指し、「スタンソープ」へ引っ越す

スタンソープの道路

2015年10月、半年間住んだブリスベンを離れて、私は彼女と一緒にセカンドビザの取得※を目指し、ファームに行くことを決意しました。

私達が新天地として選んだ場所は、ブリスベンから約200キロ以上離れた内陸の田舎町「スタンソープ」です。

ブリスベンの近くには「バンダバーグ」や、「ガトン」と呼ばれる有名なファームの町はありましたが、事前のリサーチ時点であまり良い噂を聞かなかったので、あえて誰も行かないようなスタンソープの町をチョイスしました。

スマ助
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バンダバーグやガトンは日本人だらけな上、違法労働が蔓延しているので、ファームを考えてる方は避けた方が無難です

セカンドビザ=農業などの政府指定の場所で3ヶ月以上働くことで申請できるビザ。申請するとワーホリをもう一年延長できる。

バックパッカーに住みながらファームで働く

サミットバックパッカー

スタンソープに移った私達はニュージーランドで働いていた時のように、バックパッカーに泊まりながら、オーナーからファームの仕事を紹介してもらうことに。

幸いにも、ちょうど収穫のシーズンのタイミングが重なり、翌日にはすぐ仕事にありつくことができました。

敷地内に湖がある規格外すぎる野菜ファーム

スタンソープのファーム

紹介してもらったファームは、イタリア系オーストラリア人の家族が経営している巨大な農園。

そこはスナップエンドウ、ズッキーニ、ピーマン、シルバービート(ほうれん草に似た野菜)などなど豊富な種類の野菜を栽培していました。

圧巻だったのはその敷地面積で、畑内を移動するのも車が必須で、さらに畑の奥の方には小さな湖までいくつか点在しているなど、考えられないくらい広大な土地でした。

この時の仕事はスナップエンドウの収穫がメインでしたが、割と仕事時代は楽でしたね。

スマ助
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畑の全体の敷地は、上の写真で見えてる範囲の20倍程度です

車も購入

オーストラリアのカムリ

ファームでの仕事はブリスベンの時と比べてもお給料が良く、おまけに働ける時間も長かったので、お金はどんどんと貯まっていきました。

そして、働き始めてから2週間後にはファームで稼いだお金で中古のトヨタカムリを約25万円程度で購入しました。

スマ助
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ちなみに購入時点での走行距離は驚異の28万キロ(地球5.5周分)でした笑

滞在先ではたくさんの仲間も

スタンソープの仕事仲間

滞在先のバックパッカーは私達カップル以外アジア人は皆無でしたが、住んでいた人たちはみんな良い人ばかりで、幸いにも仲間には恵まれていました。

しかもそのうちの何人かは仕事場も一緒で、本当に朝から晩まで毎日仕事先でも、家でも一緒に過ごしており、一緒にご飯を食べたりすることも多かったです。

スマ助
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ここでいろんな国の人達と仕事や生活を共に出来たのは、自分の中ではすごく大きな経験ですね

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順風満帆だった生活から一変して地獄へ

スタンソープに移り住んでからは、思ってた以上に仕事もプライベートも順風満帆だったのですが、そんな調子から一変して、ある時、私達はいきなり地獄へと叩きつけられました。

働き始めて3週間で突如クビに

スタンソープの風景2

なんと働き始めて約3週間が過ぎた所で、当時収穫していたスナップエンドウの収穫時期が終わってしまい、オーナーから直接

次のズッキーニの収穫(2週間後)まで、お前らに仕事はないから別の仕事を探せ

と、事実上のクビを宣告されたのです。

車を購入したばかりで、これから頑張らねばと思った矢先のことでした。

スマ助
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そこで働いていた全員がクビになったわけではなく、人員削減で一部のメンバーだけがクビになったという感じです

購入した車が突如故障

故障したカムリ

さらに追い打ちをかけるように、

購入したばかりの車がこのタイミングで突如故障。

原因がわからず、バッテリーを変えたり、バックパッカーにいた車に詳しい人に見てもらったりもしましたが、結局直せず町にあった修理屋へ。

仕事も失ったばかりでお金はほとんどない状態でしたが、車がないとファームの仕事にもありつけなくなるので、泣けなしのお金をはたき修理をしてもらいました。

スマ助
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その後車は無事に直りましたが、当時はかなり痛い出費でした

別のキャンプサイトに移るも、仕事は見つからず

スタンソープのキャンプサイト

余計な出費が増え、いち早く次の仕事を見つけなければならなくなった私達は、バックパッカーのオーナーに他の仕事を紹介してくれと何度も嘆願。

しかし、それでも時期が悪く、他の仕事にありつくことはできなかったので、仕方なしに知人に紹介してもらった別のキャンプサイトに移り住んで、仕事を紹介してもらうことにしました。

しかし、そこでも紹介できる仕事はないと断られてしまい、結局何もせずにダラダラと毎日を過ごすだけの日々が続きます。

スマ助
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ファームの仕事は紹介なしにはありつけなかったので、とにかく連絡が来るまで待つしかありませんでした

3週間後、元いたファームに電撃復帰

そんなグータラ生活を送ってから、3週間が過ぎたころ、あのクビを宣告されたファームから

「ズッキーニのシーズンが始まったから明日からまた来て働かないないか?」

と、まさかの嬉しすぎる連絡が来ました。

一度クビ宣告されたところからもう一度電話がくるとは思ってはいなかったのですが、仕事に飢えていた私達は、即答で「YES」と答え、その翌日から元いたファームへと電撃復帰することになったのです。

スマ助
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この時はまた気持ちを切り替えて頑張ろうと張り切っていましたね

遅れたら即クビ!ハードすぎるズッキーニ収穫

スタンソープのファーム2

しかし待っていたのは想像とは全く違う、地獄のような日々でした。

スナップエンドウの時は、枝に実が生えていたので収穫自体も全く問題はなかったのですが、ズッキーニの場合は全て地面から生えていたため、常にしゃがみながら収穫していく必要があったのです

しかも、ファームのオーナーは収穫ペースにかなりシビアで、すこしでも収穫スピードが遅かったり、丁寧に収穫が出来ないとその場で即クビを言い渡すほどでした。

スマ助
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季節はちょうど真夏で、日中は気温42℃をざらに超えることもありましたが、それでもクビならないように必死で食らいついていました

最盛期は1日13時間労働もザラだった

その後も、日増しにキツさは増していき、ズッキーニの収穫のだけでなく、パプリカの収穫も始まるともう忙しさは凄まじいことに。

ピーク時には午前中にぶっ通しでズッキーニを収穫し、午後はパプリカの収穫、さらに夜は収穫したズッキーニやパプリカのパッキング作業と、朝の5時から夜8時まで休憩ありでも1日13時間以上働くこともざらにありました。

それでも、念願のセカンドビザとお金を貯めこむことを目標に、約4ヶ月(実労働で約3ヶ月間)馬車馬のように必死になって働き続きました。

スマ助
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給料はそれなり良かったですが、それでも人生で一番キツイ仕事だったのは間違いないですね笑

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スタンソープを離れ、メルボルンまで2,500キロの旅

ブリスベンからメルボルンまでの旅行ルート

2015年1月末、ようやくセカンドビザの申請条件である3ヶ月労働を満たし、お金もある程度貯まった私達は、ファームでの仕事を辞め、一度ブリスベンまで戻ってから南の「メルボルン」に引っ越しすることになりました。

スタンソープからのロードトリップ

最初は車を売って、飛行機で行くことも考えましたが、せっかくだからということで、車で約2週間かけてメルボルンまで向かいました。

スマ助
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この旅は人生でも忘れられない旅の1つになりましたね

100キロ以上の海岸が続く「ゴールドコースト」

ゴールドコーストの海

道中は海沿いの道をひたすら車で走りながら、気に入った町があれば寄って観光するというスタイルで旅をしていきました。

ブリスベンからも近いゴールドコーストでは、どこまでも続く海岸を散歩したり。

スマ助
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ゴールドコーストは4回ほど行きましたが、何度行っても飽きない場所です

サーファーの聖地「バイロンベイ」

バイロンベイの海

バイロンベイでは有名なハンバーガーを食べて、壮大な景色を見たり。

ペイントストーンの景観が広がる「ナンブッカ」

ナンブッカのビーチ

浅瀬の海と、ペイントストーンの奇妙な景観が広がっている「ナンブッカ」にも寄ってみたりしました。

スマ助
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あまり有名な場所ではなかったのですが、想像以上に綺麗な場所でした。

一面に大砂丘「マンゴブラッシュ砂丘」

マンゴブラッシュ砂丘

一面がずっと大砂丘になっている「マンゴ・ブラッシュ砂丘」では、誰もいない中で、子供のようにはしゃぎました。

スマ助
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砂漠ではなく、砂丘です。

シドニーの観光名所「オペラハウス&ハーバーブリッジ」

オペラハウスの写真

旅の中盤に寄ったシドニーでは、念願だった「オペラハウス」や「ハーバーブリッジ」に感動。

シドニーのハーバーブリッジ

また、ブリスベン時代の友達などにも再会したり、有名なパンケーキ屋や、フィッシュマーケットにも行ったりと、充実した日々を過ごします。

スマ助
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住むとなるとわかりませんが、観光ならシドニーはめちゃくちゃ楽しい場所です

世界遺産「ブルー・マウンテンズ」

ブルーマウンテンズの景色

シドニーから車で約2時間程度の郊外にある世界遺産「ブルーマウンテンズ」にも足を運びました。

スマ助
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ここはそんなに感動しなかったですね笑

世界一白いと砂浜「ハイアムズ・ビーチ」

ハイアムズ・ビーチ1

シドニーからさらに南にあるビーチ、「ハイアムズ・ビーチ」では、世界一白いと言われる砂浜でゆっくりとくつろいだり、透明度の高い海で泳いだりしました。

ハイアムズビーチ2

この場所はこの旅行の中でも1,2を争うくらいに綺麗なビーチで、旅を終えた後もお気に入りの場所です。

スマ助
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ビーチはめちゃくちゃ綺麗でしたが、ぶっちゃけ砂浜はそこまで白くないです笑

ワインの町「グリフィス」で旧友と再開

グリフィスに向かう途中

そしてメルボルン到着直前には、スタンソープで一緒に働いていた旧友のカップルが引っ越した「グリフィス」という町にも寄りました。

グリフィスでの旧友との再開

特にこのカップルは、スタンソープの時に一番仲良くしていたので、ここでの再会できたのはかなり嬉しかったです。

スマ助
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スタンソープを離れてまだ1ヶ月も経っていませんでしたが、再会した時はすごく懐かしい気持ちになりました笑

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新天地「メルボルン」へ

そうして、約14日の長旅を終えて、無事に私達カップルは南オーストラリア・ビクトリア州最大の都市である「メルボルン」に到着。

この場所で、オーストラリア2年目の新たな生活を始めていきます。

スマ助
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次回、最終章:オーストラリア編(2年目)に続きます!

ワーキングホリデー
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新卒を捨てて行った3年間のワーキングホリデーの全記録
筆者スマ助が実際に経験した3年間のワーキングホリデーをそれぞれ1年ごとに分けてまとめてみました。良い部分も悪い部分も包み隠さずリアルに書いてみましたので、これからワーホリに行く方はぜひ参考にしてみてください。
スマ活ライフfor海外

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