【ワーホリ体験談】新卒を捨てて行ったワーキングホリデーの記録【#1ニュージーランド編】

オークランドのワンツリーヒルワーキングホリデー

この記事では、筆者スマ助が実際に経験した3年間のワーキングホリデー生活の体験談をワーキングホリデーに行く前から帰国するまで、時系列ごとに紹介していきます。

これからワーキングホリデーに行く予定がある方はぜひ参考にしてみてください。

スマ助
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今回は初ワーホリであるニュージーランド編について書いていきます。

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ワーキングホリデーに行くまでの経緯

ワーキングホリデーに行こうと思ったきっかけ

私がワーホリに行こうと思ったのは、2012年(当時19歳)の夏の就職活動の時。

当時は就活シーズンが始まった頃で、私も形式的に就活をしていたのですが、就活を進めていく中で、「このままでいいんだろうか」というもどかしい気持ちが自分の中に湧いてきたことがそもそもの発端でした。

その頃は、特に将来やりたいことも就きたい仕事も無かったのですが、以前から「海外での生活」や「英語」にだけは強い関心を持っていたのです。

それまで海外に一度も行った事は無かったし、英語も「b動詞って何?」っていうレベルですが、なぜかその時は「今の自分がやりたいことは就職じゃなくて海外生活だ!」と直感で感じてしまい、

「とりあえず後先考えずにやってみよう!」

と新卒の切符を捨て、海外生活の道へ進むことを決意。

そして次の週には、ネットで調べた留学エージェント(有料)に早速アポを取り、そのまま「ワーキングホリデー」という制度で渡航することを決めました。

スマ助
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帰国した後のことは正直「なんとかなるでしょ!」精神で何も考えて無かったですね

ワーキングホリデーにいく前のスペック

ちなみに私がワーホリ行きを決めた際の当時のスペックは以下のような感じ。

  • 年齢・19歳
  • 学歴:専門学校生(新卒)
  • 渡航の目的:海外で暮らしたい
  • 海外渡航経験:なし
  • 英語力:TOEIC300点台
  • 事前知識:地球の歩き方を買って読んだ程度
  • 利用エージェント:ぼったくり有料エージェント
  • 資金:約100万円前後
  • 現地の知り合い:0人
スマ助
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今思えば、よくこれでワーホリに行ったなと思うくらいひどいです笑

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初海外!憧れのニュージーランドへ

オークランドのワンツリーヒル

2013年の春、専門学校を卒業した私は、周りの同期が新社会人として就職していく中でただ一人、ニュージーランドへと旅立ちました。

スマ助
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ちなみにニュージーランドを選んだのは「Youtubeで動画を見た」のと「暖かそう」という理由だけです笑

初めてのホームステイは最悪

ホームステイ先のお父さん

ニュージーランドに渡って最初は、事前にエージェントが手配してくれたホームステイ先に1ヶ月間滞在しました。

が、この時のホームステイは控えめに言って最悪でした。

というのもホームステイ先での過ごし方のルールが、

  • シャワーは5分まで
  • 洗濯は1週間に1回のみ
  • インターネットは1日1時間のみ(家族は使い放題)
  • 土日の昼は家に居てはいけない(外出しないとだめ)

などなど、

「収容所かな?」

と思ってしまうくらいに色々と制約が設けられていて、お金を払っているのにも関わらず不便な生活を強いられていました。

スマ助
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ただ当時は英語力が無く何も言えなかったので、このルールに従うしかありませんでした。

ギャングスタ仲間と一緒に飯を食らう日々

また、この滞在先のホストファミリーのお兄ちゃん(長男)が、実はニュージーランドでそこそこ有名なラッパーだったことも、このホームステイが最悪だった理由の一つ。

↑ホストファミリーのお兄ちゃん

お兄ちゃん自体はすごく親切なナイスガイで好きでしたが、家には彼を慕う仲間達(見た目が完全にギャングスタ)がいつも居て、なぜか彼らの分の食事も毎回用意されていたのです。

そのため、家で食事を摂る時は基本的に家族+ギャングスタ仲間達と必ず一緒で、食事の際は毎回必ず

rapperの仲間

ヘイメン!!ちゃんと食ってるか、アーーーーイ?

みたいなHip-Hopのノリで絡まれたり、Hip-Hop流の挨拶(拳を合わせるやつ)がしきたりみたいになっていて、当時英語があまりできなかった私にとっては家族(ギャングスタ達)との食事の時間が最も苦痛でした笑

スマ助
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今となっては笑い話ですが、当時は本当に嫌で嫌でたまらなかったです

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オークランドの語学学校へ通い始める

そんな感じで最初の頃はホームステイをしながら、平日は英語を伸ばすために語学学校へと通い始めます。

下から2番目のクラスで語学学校生活がスタート

語学学校のクラスルーム

語学学校は下から2番目のPre-intermediate(準中級者)のレベルからのスタートでした。

学校はオークランド市内のいくつか学校で実際に体験授業を受け、その中で最も相性が良かった学校を選んだのですが、私が選んだ学校は、少人数制の学校で生徒同士の仲の距離が近いのが特徴でした。

クラスの飲み会

それぞれクラスは違えども、本当に「生徒全員が友達」というレベルで皆仲が良く、毎週のように学校終わりに生徒の皆でパブやクラブに飲みに行っていましたね。

スマ助
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この頃の生活は本当に人生で一番楽しかったです

1ヶ月後、アパートに引っ越し遊びまくる

クラブでの飲み会

学校に通いだしてから1ヵ月後には、ホームステイの契約期間が終わったので、学校により近いシェアアパートに引っ越しました。

新しい家は学校から徒歩10分の距離で、しかも市内の中心街にあったこということもあり、引っ越してからは毎晩のように飲みに行ったり、ビリヤードをしに行ったりともっぱら遊んでばかり。

この頃はホームステイの呪縛から完全に解き放たれた反動と、友達との飲みの楽しさで、たぶんほとんど家にはいなかったです(笑)

スマ助
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ひどい時だと週5日くらいで飲んでました

入学2ヶ月後、1番上のクラスへ昇格

語学学校のクラスメイト

遊びまくってはいましたが、それでも入学から2ヶ月が過ぎた頃には、 入学当初の目標にしていたUpper-Intermediate(最上位のクラス)まで無事に昇格。

英語に関しては学校外でも勉強はしていましたが、毎週のように飲みに行ったおかげで、特にスピーキングの伸び幅が大きかったです。

語学学校の卒業式

そして、そこからさらに2か月、合計で約4ヶ月間語学学校に通い続け、最後は無事に語学学校を卒業しました。

スマ助
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語学学校は本当に勉強以外でも多くの刺激があり、毎日毎日が本当に新鮮で楽しかったです

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初めての仕事探し~仕事ゲット

学校を卒業した後は、英語力を活かせる仕事に就きたいという一心で、ローカル(現地の人達と同じ環境)の仕事を探し始めます。

バリスタ育成の専門学校に通うも仕事は見つからず…

オークランドの町並み

ローカルの仕事はたくさんありますが、その中でもエスプレッソコーヒーの文化が浸透しているニュージーランドは、バリスタの仕事が比較的就きやすいと言われていました。

そこで私もまずバリスタの技術を学ぶべく、バリスタの国家資格が取れる専門学校に2週間通ってみることに。

しかし、蓋を開けてみるとそのスクールは2週間という期間ながらも、授業時間は1日あたり2時間程度しかないク◯学校で、コーヒーを淹れるまともな技術は習得することが出来ませんでした。

資格自体には無事に合格はしたものの、その後は結局、経験と技術不足が影響してしまい、資格があってもバリスタの仕事には全く採用されなかったです。

スマ助
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当時は履歴書を印刷して、街中のいたるところのカフェに飛び込みで行きましたが、1件も採用してくれるところはありませんでした

日系企業の日本雑貨店で採用が決まる

日本スーパーの同僚

バリスタの仕事には残念ながら就けなかったものの、ちょうどその時期にたまたま求人の広告が出ていた日系企業の食料雑貨店で運よく販売員として採用が決まりました。

同僚は皆日本人だったので、自分が理想としていたローカル環境ではありませんでしたが、商品の使い方や味噌汁の作り方などをお客さんに説明したりと、思った以上に英語を使う機会は多かったです。

結局、約4ヵ月の間はずっとここでお世話になりました。

スマ助
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日系の大きい会社だったので、お給料や福利厚生もそれなりによかったです

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南島での新たな生活へ

ニュージーランド渡航後から約9ヶ月間は、ずっと北島のオークランドで過ごしていましたが、残りのワーホリ期間が3ヶ月を切ったことをきっかけに、心機一転、慣れ親しんだオークランドの生活に区切りをつけることにしました。

仕事を辞め、新天地「ブレナム」へ引っ越し

ブレナム空港

残り期間はあまり無かったですが、オークランドでの生活に既に飽きていたのと、もっとニュージーランドらしい田舎の生活を味わいという気持ちから、自然がより豊かな南島に行くことを決意。

そして年があけ、2014年の2月、4ヶ月間お世話になった日本雑貨店での仕事を辞めて、ニュージーランドでも有数のワインの名産地である「ブレナム」へ飛び立ちました。

国際色豊かなワイナリー畑で働く

ブレナムのぶどう畑

ブレナムに就くと、宿泊していたバックパッカーで仕事を紹介してもらい、すぐに近くのワイナリーで働き始めました。

当時の1日のスケジュールは、

4:00起床
5:00朝食
5:30仕事スタート
10:00休憩
12:00お昼休憩
15:00仕事終了
16:00帰宅
17:00洗濯
18:00夕食&翌日の朝食の準備
20:00シャワーを浴びて就寝

というような感じで、めちゃくちゃ健康的な生活。

仕事内容は、ぶどうに鳥よけのネットを被せたり、剪定や、収穫など、行く先々の畑ごとに違って正直しんどかったですが、毎日が新鮮だったのであまり苦労は感じませんでした。

収穫時期のファームの様子

また、働きに来ている人たちもアジア圏からヨーロッパまで本当に国際色豊かで、収穫の最盛期ともなると、写真のように100人前後の規模で一斉に働くこともありました。

スマ助
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給料はお世辞にも良くはありませんでしたが、貴重な経験でしたね

オフの日は自然を満喫

ブレナムの近くのビーチ

ブレナムでの生活は、

  • 田舎すぎて公共交通機関がほぼない(車が必須)
  • 街にスーパーが一つだけ
  • 周りに日本人がほぼいない
  • ネットは1時間1ドルで有料

などなど何かと不便なことが多かったですが、オークランドを出発した時にやりたかった理想の田舎生活を送れていたので、自分にとってはすごく幸せでした。

ブレナムの仕事仲間との飲み会

休日はビーチに行ってのんびりしたり、仕事仲間とビリヤードをやったりと、ほんとうにオークランドの時の都会的な生活とは打って変わって、ゆったりとした落ち着いた生活を過ごしていましたね。

スマ助
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結局ワイナリーでは、ワーホリの期間が終わる本当のギリギリまで働きました

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帰国直前にニュージーランドの南島旅行へ

そうして、帰国が迫った2014年4月の頭、私は約3ヶ間働いたワイナリーの仕事を辞めて、帰国前に貯めたお金を使って、ニュージーランドの南島を10日間旅行することにしました。

クジラやイルカが集まる南島屈指の港町「カイコウラ」

カイコウラのビーチ

ホエールウォッチングが有名な「カイコウラ」の町では、美しいビーチを散歩したり、名産のクレイフィッシュ(イセエビ)を満喫。

スマ助
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とくに何もない町ですが、海は抜群に綺麗です

世界遺産「ミルフォード・サウンド」

ミルフォードサウンドの景色1

世界有数のフィヨルドが広がる「ミルフォードサウンド」では、大自然の中のハイキングや、フィヨルドの周遊クルーズツアーに参加。

ミルフォードサウンドの景色2

スマ助
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ここは地形的に中々晴れない場所なのですが、私が行った時は奇跡的に晴れていました

世界一星空が綺麗な村「テカポ」

テカポの湖

世界一星空が綺麗に見れると言われる「テカポ」の村では、美しい湖畔を散歩したり、近くの山でトレッキング。

スマ助
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滞在中はずっと曇りだったので、残念ながら肝心の星空は見れませんでした笑

全長13キロの氷河がある「フォックス氷河」

フォックス氷河

国立公園の中に全長13キロの氷河が広がる、「フォックス氷河」でもトレッキング。

美しい湖畔の街「クイーンズタウン」

クイーンズタウンの湖

また、美しい湖畔の街「クイーンズタウン」も訪れ、市内の名所を観光したり、

クイーンズタウンのアイスバー

グラスも椅子も全て氷で出来ている、有名な「アイスバー」にも行きました。

スマ助
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寒いのであまり長時間滞在できないですが、めちゃくちゃオススメです

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ついに日本に帰国…かと思いきや

こうして大満足の旅行を終えて、ほぼ1年間ニュージーランドに滞在した私はついに日本に帰国…と思いきや、

ワーホリの楽しさをもっと味わいたい…

さらに英語力を伸ばしたい…

と物足りなさを感じ、

オーストラリアで次のワーホリをすることを決意しました。

スマ助
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そして第二章:オーストラリア編に続きます。

ワーキングホリデー
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新卒を捨てて行った3年間のワーキングホリデーの全記録
筆者スマ助が実際に経験した3年間のワーキングホリデーをそれぞれ1年ごとに分けてまとめてみました。良い部分も悪い部分も包み隠さずリアルに書いてみましたので、これからワーホリに行く方はぜひ参考にしてみてください。
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